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高松高等裁判所 昭和49年(ネ)90号 判決

控訴人 松本昌雄

〈ほか二名〉

右控訴人三名訴訟代理人弁護士 野田孝明

同 玉置寛太夫

同 武田安紀彦

被控訴人 生活協同組合香川県労働者住宅協会

右代表者理事 志村利雄

被控訴人 株式会社光建設

右代表者代表取締役 上代弘

右被控訴人二名訴訟代理人弁護士 三野秀富

同 城後慎也

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、「一、原判決を取消す。二、被控訴人らは、原判決添付別紙物件目録(一)記載の土地上に建築工事中の同目録(二)記載の建物につき、その建築工事を、左記内容、範囲にとどめ、これを超える建築工事をしてはならない。(1)右建築物は、原判決添付別紙物件目録(一)記載の土地に隣接する同目録(三)の土地の境界線より二メートルを越える距離を隔てて建築すること。(2)右目録(一)記載の土地に隣接する同目録(三)記載の境界線より六・七五メートル以内においては、地上二階を越える建築物を築造しないこと。(3)右以外の土地上においても、地上四階を越える建築物を築造しないこと、三、訴訟費用は、第一、二審共被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上法律上の主張は、つぎに付加する外は、原判決事実摘示(原判決添付別紙(一)の「(申請の理由)」以下に記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人らの主張)

一  被控訴人生活協同組合香川県労働者住宅協会(以下被控訴人労住協という)は、生活協同組合であって、住宅組合や相互保険会社等と同様に、公益法人でもなければ、純然たる営利法人でもなく、個人で土地や住宅を建てる資力を持たない労働者に代わり一括して、例えば、年金福祉事業団から融資を受けて分譲マンションを建て、これらを労働者に分譲し、その代金又は銀行ローンによって融資金の返済を計ることを目的とする特殊法人であって、分譲を受けた労働者はこれによって建物の区分所有者となり、建物及び敷地は、区分所有者によって構成される組合によって管理されるのである。したがって、被控訴人労住協の仕事は建物を建ててこれを分譲するまでであって、分譲が終れば、建物及び敷地から無関係となる。故に、被控訴人労住協は、できるだけ安く分譲を希望する労働者相互の利益を計ることを目的とするものであって、決して公共事業を目的とするものではない。(特に香川県における被控訴人労住協の事業は、本来の「労働者のために」という目的から多少逸脱しているとの批判が一部にある)。本件においては、かかる被控訴人労住協の性格を念頭において控訴人らの日照権を特に保護すべきである。

ところで、被控訴人労住協は、当初から控訴人らの本件日照の阻害を意識し、これを計画的に行なったものである。すなわち、昭和四八年一二月一一日から、都市計画法により、原判決添付別紙物件目録(一)記載の本件土地が商業地域から住居地域に指定変更され、したがって一〇メートル以上の建物の建設が困難となること(建築基準法五五条)を知るや、香川県庁に猛運動をして、昭和四八年一一月二六日建築の確認を受け、又、同年一二月一一日までに、右建築確認書に基づく工事の着工をしないとその効力が失なわれることを知るや、その三日前である同年一二月八日から、控訴人らに無断で一部工事に着工し、本件訴訟中にも拘らず、昭和四九年一月一二日までにほぼ基礎工事を終わり、既成事実を作ろうとしたのである。そもそも、日照は、天与の資源であって、土地建物を利用し、住み良い環境の維持継続等、人間生活に欠くことのできない生活利益であって、憲法二五条及び一二条に由来する生存権的な又人権的な基本権であるから、日照はお互いに守らなければならないのである。殊に相隣関係においては、互いに日照を尊重し、調整をしなければならないところ、本件においては、被控訴人労住協の計画している原判決添付別紙物件目録(二)記載の本件建物の建築を認めることは、右被控訴人労住協の建築する高層建築物は、充分な日照を享受できるのに対し、控訴人らの如き低層建築物を所有しこれに居住する者は、これがために日照が零となり、高層建築物の犠牲となるも止むを得ないという非常識極まりない結果が生ずることになり、憲法に由来する日照権を否定することになるといっても過言ではない。

二  つぎに、いわゆる受忍限度論によって、日照権に基づく差止請求の当否を決定するのは相当でない。すなわち、受忍限度論は、日照権という憲法に由来する基本権の侵害自体を積極的に認めようとしないで、単に相対的な利益の衡量によって、日照権の侵害となるか否かを決し、間接的に解決を計ろうとするものであり、日照権を軽視するものである。殊に受忍限度論の最大の弱点は、受忍限度の判定が、判定者の自由裁量に委ねられるため、往々にして非常識な被害者保護に著しく欠ける場合が生じるところにある。

仮りに、日照権に基づく差止請求の当否を、いわゆる受忍限度論に求めるとしても、本件における被控訴人労住協のように、高層建物の建設及び分譲だけに利害を有し、分譲後は、土地建物に何らの関係も有しないものと、本件控訴人らのように、隣接地や隣接建物を所有し、かつ、これらを継続的に利用するものとの間の利益衡量は、同一時限において捉えることは不可能である。しかるに、右利益衡量を同一時限で捉えようとすれば、その裁量にかなりの無理が生じ、その結果被控訴人労住協は、敷地にほとんど一杯に八階の建物を建てても何ら差支えなく、従前から隣接する土地建物を所有し、これに長く居住している控訴人らが日照を奪われるのは当然であり、未だその受忍限度を越えてはいないなどという非常識な結論が生ずるのである。控訴人松本昌雄の経営する病院は公共性を持った公益機関であるところ、同控訴人が病院を建設したり、増改築をした当時においては、本件土地は空地であり、雑草が繁ってその間に材木等を積んでいたところであり、境界線もはっきりしない状態であったのである。これらの時と事情とを無視して、現在新たな建物を建てるかの如き感覚を持って、控訴人松本昌雄の経営する病院の建物構造を非難し、自ら日照権を放棄したものとすることはできない。又控訴人稲毛についても、被控訴人労住協が本件高層建築物を建築することにより、その日照が零となることを重視すべきであって、中高層建築時代には、低層建築物を所有しこれに居住する者は、日照を阻害されてもやむを得ないなどと考えるべきではない。これを要するに、本件高層建築物の建築により控訴人らの受ける日照阻害の被害は、その受忍限度を越えるものというべきである。

三  つぎに、被控訴人労住協が、本件仮処分により建築工事の設計変更をさせられても、控訴人らより大きな損害を受けることはない。すなわち、被控訴人労住協は、香川県丸亀市の中心地に近い高価な土地に他人の日照を阻害してまで無理矢理に本件建物を建てようとするものであるから、本件仮処分により、その設計変更をさせられても止むを得ないことであり、かつ、右設計変更をすることも充分可能である。また、被控訴人労住協が本件高層建築物を建築するために支払った設計料は当然の必要経費であって、右設計変更をしても僅少の損害をもって足りるのであるし、またこれまでに行なった基礎打ち工事も設計変更によって無駄となることはないのである。これを要するに、本件仮処分による設計変更によって被控訴人らの蒙る損害は、本件高層建築物が建築されることにより、永久に日照を奪われる控訴人らの健康上、生活上の物心両面に受ける損害に比すれば、極めて僅少である。

四  本件日照阻害によって蒙る控訴人らの苦痛は、金銭による損害賠償によっては償なわれないものである。すなわち、日照阻害による損害は、一時的なものではなく、将来にわたる継続的なものであって、生活利益の侵害から生ずる物心両面の損害であるから、その立証はすこぶる困難であるのみならず、損害の評価も殆んど不可能で、あり結局は、涙金をもらって泣寝入りをする外はないのである。控訴人らは、被控訴人労住協の建築する本件建物により、その日照を阻害されるのであるが、被控訴人労住協は、本件建物を建ててこれを他に分譲して終えば、本件土地建物とは無関係になるから、本件建物による日照阻害については、今後何らの責任も負わないことになる。一方、本件建物の分譲を受けた区分所有者は、日照阻害については全く善意であるから、これまた何らの責任も負わないのである。結局、控訴人らは、本件建物を建てようとする被控訴人労住協に対し涙金を請求する以外に方法はないこととなるが、これでは憲法に由来する日照権の侵害に対する救済としては余りにも残酷である。殊に、日照権は人間の生活保護を目的とするものであるから、金銭賠償をもってすることは被害者の救済とはならないことに留意すべきである。

五  なお、日照を守ることは、現代の要請であり流れである。しかして、如何なる場合に日照を認めるかについては、都市計画法により指定された用途地域により、その制限及び基準を考えるべきところ、本件土地は、昭和四八年一二月一一日以降は住宅地域であって、被控訴人らの建築中の本件建物は、住宅地域では建てられないのである。本件においては、被控訴人らが建築しようとしている本件建物だけが周囲の状況にそぐわない高層建物として今後も残ることになり、日照のみならず、美的観点からいっても、好ましい状態ではないから、この点からするも、控訴人らの本件仮処分申請は認容さるべきである。

よって、控訴人らの本件仮処分申請は速やかに認容さるべきである。

(被控訴人らの主張)

一  控訴人らの主張の右一のうち、被控訴人労住協が厳格な意味での公益法人ではなく、その事業が公共事業でないこと、本件土地が商業地域から住宅地域に指定変更されたことは認める。しかし、今日のように住宅事情が逼迫し、しかも、近時のインフレによってそれが更に加速され、一般庶民、大衆の土地付き住宅の確保などは絶望的とさえなっている現状では、被控訴人労住協のような営利を目的としない事業体によって行なわれる高層分譲住宅の供給が実質的には大きな公共性を有していることは何人も否定できない筈である。

つぎに被控訴人労住協が本件土地を取得したのは、昭和四七年八月であり、本件土地が商業地域から住宅地域に変更される一年四ヶ月前であった。被控訴人労住協としては、右土地取得後、遅滞なく高層分譲住宅の建設に着手する予定であったが、他の事業との調整により着工が遅れ、更には、控訴人らが香川県に対して建築確認の反対運動を行い、そのために右確認が遅れて、結果的に着工が右地域指定変更の時期に近接することになったものである。勤労者への低廉な住宅供給を目的とする被控訴人労住協が、その取得した土地を、法規の認める範囲内で最大限有効に活用しようとすることは当然のことであり、これを「かけ込み」建築とみるのは一方的な見方である。

二  控訴人ら主張の二のうち、控訴人松本昌雄が本件病院を建築した当時、その隣地が空地であったことは認めるが、その余は争う。

控訴人松本昌雄が、本件のような市街地中心部にあって、隣地が永遠に空地であることを予測して本件病院建物を建築したとすれば、全く手前勝手なことである。また、控訴人らの建物の配置、構造、間取等からすれば、控訴人らが日照はもとより採光についてさえ、何ら配慮をしていないことは明らかなところ、このように日照享受について配慮をせず、ないしは、放棄をしているとさえ目される者にとっては、日照権に基づく差止請求権の有無を論ずる余地が当初から存しないとさえ言えるのである。

なお、控訴人松本昌雄及び同松本千代子の本件病院及び本件居宅の建ぺい率は、これらの建物が完成した時点で建築基準法に違反していたし、控訴人稲毛の居住建物は、現在既に控訴人松本昌雄らの建物によってその日照の殆んどが奪われているのである。被控訴人労住協が本件建物を建築することにより、控訴人稲毛の居住部分の日照が零になることは充分考えられるが、本件建物が奪う右日照に比して控訴人稲毛の求める設計変更は明らかに過大である。

三  控訴人らの主張三は争う。

控訴人らは、被控訴人らが本件建物を丸亀市の中心地に建築することを非難するが、今日、特に住宅供給の必要性があるのは都市部においてであって、かつ、低廉なものを大量に供給することが要請されているのである。単に低廉なものでさえあれば、どんな遠隔地にあってもよいというものではないから、本件建物が丸亀市の中心部に建築されることは格別非難さるべきことではない。

つぎに、本件建物はもとより、如何なる建築中の建物と雖も、建築技術的に設計変更が可能なことは当然であるが、本件建物については、次のような社会的、経済的事由により、設計変更は事実上不可能である。すなわち、(イ)本件建物の分譲価格は、一戸当り約金九六六万四〇〇〇円と予定されているが、丸亀市において、勤労者に対する分譲価格は、右金額が最高限度額と考えられており、本件建物の階数及び部屋数が減少すれば、当然一戸当りの分譲価格は高額となり、勤労者の購買力を大幅に越え、被控訴人労住協の本件事業目的に反することになり、結局本件建物の建築計画を中止せざるを得ないことになる。(ロ)つぎに、本件建物は、年金福祉事業団の融資により建築されるのであるが、右事業団からの融資にあたっては、分譲価格について右事業団の規制を受けており、右分譲価格を大幅に変更することは認められておらず、したがって、設計変更により階数、部屋数の減少は事実上不可能である。さらに、同事業団の融資に当っては、本件建物の完成及び分譲完了時期を昭和五〇年三月末までとすることが条件付けられ、これに反した場合は、融資が取消されることになるのである。したがって、今の段階での設計変更は右の点からも出来ない。(ハ)また、本件土地は、本件建物の着工後、商業地域から住宅地域に指定変更になっているけれども、現時点で設計変更を行なえば、建築確認手続の上で新規に住居地域に建築を着工するのと同様に取扱われ、控訴人らの本件申請程度の建物さえも建築不能となるのである。

四  控訴人らの四、五の主張のうち、本件土地が商業地域から住宅地域に指定変更のあったことは認めるが、その余は争う。

なお、日照権に基づく差止請求権の有無、程度の判断に当っては、控訴人らの主張するように都市計画法上の用途地域の指定のみを基準とすべきではなく、当該地域の実質的な地域性をこそ、右判断の要素とすべきところ、本件土地付近は、実質的には住居地域性に乏しいばかりでなく、将来は、各種の都市再開発事業の推進によって、益々住居地域性が失なわれ、都市計画法上も再び商業地域などの非住宅地域への指定変更がなされる可能性が大きいのである。したがって、長期的な展望に立てば、本件建物のような高層建築が積極的に行われる地域となっていくことは必至である。

よって、以上いずれにしても、控訴人らの本件仮処分申請は理由がない。

(証拠関係)≪省略≫

理由

一  当裁判所も、控訴人らの本件仮処分申請は理由がないものと認定判断するものであって、その理由は、つぎに訂正付加する外は、原判決理由(但し、原判決二枚目表四行目から八行目までの部分は除く)に記載のとおりであるからこれを引用する。

原判決≪証拠訂正一部省略≫、同四枚目裏二行目の「綜合すると」とあるつぎに「一応」と挿入し、同三行目の「認められる。」とあるつぎに、「右認定に反する債権者昌雄、同稲毛各本人尋問の結果はたやすく信用できない。」と挿入し、同六枚目表末行の「午前一一時」とある部分から同裏一行目の「ころまでの」とある部分までを削り、同六枚目裏四行目の「ついては、」とあるつぎに、「その方式及び内容から一応真正に成立したものと認め得る疏」と挿入し、同七行目の「設計変更は」とあるつぎに、「採算の上、その他からいって、現実的には建物の」と挿入し、同七枚目表三行目の「蒙ることが」とあるつぎに、「一応」と挿入する。

二  (控訴人らの当審における主張について)

(一)  控訴人らは、被控訴人労住協がいわゆる公益法人でないこと等を一理由にして、控訴人らの本件日照を受ける権利は特に保護さるべきであるとの趣旨の主張をしているところ、被控訴人労住協がいわゆる公益法人ではなく、その営む事業が公共事業でないことは、被控訴人らの認めるところではあるが、日照を阻害する建物が、いわゆるマンションや貸ビル等の民間の営利性の強いものである場合と、学校校舎のようにいわゆる公共性の強いものである場合とでは、日照阻害を受ける被害者の受忍の限度に若干の差異が生ずる場合もあり得ようが、さきに一応認定した事実関係(原判決理由に記載の事実)のある本件においては、被控訴人労住協がいわゆる公益法人ではなく、その営む事業が公共事業ではないからといって、そのことが大きく影響して、本件建物の建築により、控訴人らの受ける日照の阻害がその受忍限度を越えることになるものとは認め難いから、控訴人らの右主張は採用し難い。

つぎに、控訴人らは、被控訴人労住協は、当初から控訴人らの本件日照の阻害を意識し、これを計画的に行なったものであると主張するが、右主張事実に副う≪証拠省略≫はたやすく信用できないし、また、控訴人ら主張の如く、昭和四八年一二月一一日から、都市計画法により、本件土地が商業地域から住居地域に指定変更され、被控訴人労住協が同年一一月二六日本件建物の建築確認を受け、同年一二月八日からその建築工事に着手したとの事実関係があるにしても、右事実関係のみから、被控訴人労住協に控訴人ら主張の意図があったものとも認め難いし、他に右控訴人らの右主張事実を一応認め得る適確な疏明はないから、控訴人らの右主張は失当である。

なお、人の日照を受ける権利は、人が生存していく上に必要な権利として法律上充分保護されなければならないけれども、前記認定の事実関係(原判決理由に記載の事実関係)及び後記二に認定の事実関係のある本件においては、控訴人らの本件仮処分申請を認容しないからといって、控訴人ら主張の如く、控訴人らの日照を受ける権利が違法不当に制限されることになるものと解することはできないから、この点に関する控訴人らの主張も採用し難い。

(二)  つぎに、控訴人らは、いわゆる受忍限度論によって、日照権に基づく差止請求の当否を決定するのは相当でないとの趣旨の主張をしているが、日照権に基づく建築に対する差止請求を認めるか否かについては、被害者の受ける日照阻害の程度、被害者の居住する地域性、日照阻害をする加害者側の事情等、諸般の事情を比較衡量した上、被害者の蒙る日照阻害の程度が、社会通念に照らし、一般に受忍すべき限度を越え、単なる損害賠償等の金銭的補償をもってしては救済し得ない程度のものであるか否かを判断して決すべきであり、したがっていわゆる受忍限度論によるべきであると解するのが相当であるから、右控訴人らの主張も失当である。

つぎに、控訴人らは、種々の事由をあげ、本件建物の建築によって控訴人らの受ける日照阻害の程度は受忍限度を越えると主張している。しかしながら、≪証拠省略≫を綜合すると、つぎの如き事実が一応認められる。すなわち、控訴人松本昌雄所有の本件病院(原判決事実摘示のうち控訴人らの申請の理由一の(一)に記載の建物)及び控訴人松本千代子所有の本件居宅(右同一の(二)に記載の建物)は、原判決添付別紙物件目録(一)記載の本件土地の東側に隣接する右物件目録(三)記載の土地上にほとんど一杯に建てられており、本件土地の東側境界線から、本件病院の南側道路に面した部分の西端まではわずかに五センチメートル、また、同じく本件病院の北にある本件居宅の西側部分までは三〇センチメートルないし四〇センチメートルしかなく、本件病院及び本件居宅は本件土地の境界線に極めて接近して建てられていること、つぎに、本件病院の南側の道路に面した部分の長さは約一六・五メートルであるのに対し、西側の本件病院の南西端から本件居宅の北西端までの長さは約二九・七メートルであって、本件病院及び本件居宅の建物は、全体として東西より南北の方が長い構造に建てられているところ、本件病院の南側道路に面した部分(各部屋)は、原判決添付別紙物件目録(二)に記載の本件建物が建築されてもほとんど日照阻害の被害はなく、従前通り終日日照を受けられること、しかし、本件病院及び本件居宅の西側の本件土地に面した部分は、本件建物が建築されると、従前は冬至の日照時間の少ないときで(以下すべて同じ)、午前一一時ないし一一時三〇分頃以降日没まで受けていた西からの日照が全く受けられなくなること、ところで、本件病院及び本件居宅の西側の部分で、これまでに午前一一時ないし一一時三〇分頃以降現実に日照を受けていたのは、一階では、三畳の部屋(昼間炊事婦等の休憩室として使用)、物置、浴室、及び、その外に一部二階に通ずる階段と廊下の部分等に過ぎないのであって、その余の部分は日照を受けておらず、控訴人松本昌雄、同松本千代子夫婦の居室になっている本件居宅の一階西側の六畳の部屋の如きも全く日照を受けていないこと、また、二階では、西側にある部屋は、本件病院に病室が三部屋及び本件居宅に六畳の部屋二部屋、以上合計五部屋であるが、そのうち午前一一時ないし一一時三〇分頃以降西からの日照を受けているのは、病室の一室とその他には一部階段及び廊下があるのみであって、その余の四部屋はすべて西からの日照を受けていないこと、さらに三階では、病室が二部屋あり、そのうち西側の一室が午前一一時ないし一一時三〇分頃以降西からの日照を受けているが、右三階の二部屋の病室は、本件建物が建築されても、少なくとも、午前一一時ないし一一時三〇分頃までは南からの日照を充分に受けられること、したがって、本件病室及び本件居宅の西側にある人の起居する部屋で、午前一一時ないし一一時三〇分頃以降西からのみの日照を受けているのは、全体の割合からいえばわずかであって、その余の大部分の部屋は、西からの日照を受けるような構造にはなっていないこと、つぎに控訴人稲毛の居住するアパートの一階西側の部屋は、本件建物が建築されると、その日照は零となるが、右部屋は、従前は、その南側に控訴人松本千代子所有の本件居宅及び控訴人松本昌雄所有のレントゲン室がなかったため、南側からの日照を受けていたのに、その後昭和四三年頃に、右アパートの南側に接近して、現在の如く本件居宅及びレントゲン室が建てられたため、南側からの日照は全く受けられなくなったものであること、なお、右の如く南からの日照が受けられなくなったことについては、控訴人稲毛は控訴人松本千代子の姪であった関係等から、これまでに格別異議を述べたこともないこと、そして、控訴人稲毛の居室は、右昭和四三年頃から、午前一一時ないし一一時三〇分頃以降西からのみ日照を受けることになったけれども、現実には、その後控訴人稲毛方居室の西側に建てられた控訴人松本昌雄の燃料庫や、植木等があるため、充分な日照を受けていないこと、つぎに、本件建物の構造を控訴人ら主張の通りに設計変更をして建築してみても、本件病院及び本件居宅が西から日照を受け得る時間は、わずかに三〇分程度に過ぎないところ、一方、本件建物が予定通り建築されても、控訴人松本昌雄、同松本千代子らが本件病院及び本件居宅をその敷地一杯に建てることを避け、本件土地の境界から約二メートル前後東にひいて建築していたとすれば、少なくとも本件病院の南側の部分においては、西から多少の日照を受け得られる関係にあるし、また、被控訴人労住協が建築しようとしている本件建物を六階にした場合は勿論、二階程度にした場合であっても、これを現在予定されているように本件土地の境界線から七〇センチメートルないし一一〇センチメートル離して建てたときには、控訴人らの主張する午前一一時三〇分以降の西からの日照はほとんど受けられない関係にあること、以上の如き事実が一応認められ(る。)≪証拠判断省略≫ しかして以上の如き諸事情に、さきに一応認定した諸事情(原判決理由に記載の諸事情)を綜合して考えると、本件建物の建築による日照阻害の被害が控訴人らにとっては今後末長く続くものであるのに対し、被控訴人労住協は、本件建物を建築した後はこれを他に分譲し、本件土地建物とは関係のなくなること等控訴人らの主張する諸事情を勘案してみても、本件建物の建築により、控訴人らの受ける日照阻害の被害の程度は、未だ社会一般の通念に照らし、本件建物の建築を一部差止めなければならない程に、その受忍の限度を越えているものとは認め難いものというべきである。よってこの点に関する控訴人らの主張もまた失当である。

(三)  つぎに、控訴人らは、被控訴人労住協が本件仮処分により、本件建物の設計変更をさせられても、その損害は僅少であって控訴人らの受ける損害よりも小さいと主張しているところ、本件建物の設計変更が技術的に不可能でないことは被控訴人らの認めるところである。しかしながら、控訴人ら主張の通り本件建物の設計変更をした場合には、現実的にはその採算の上やその他からいって、本件土地上に分譲住宅を建築することを中止せざるを得なくなって被控訴人労住協が多大の損害を蒙ることになることは、さきに認定した通り(原判決理由三の(二)に記載の通り)であるところ一方控訴人らがこれまでに西方から受けていた日照の程度は前記二に認定した通りであるから、本件建物が建築されて右西方からの日照が阻害されても、その損害はそれ程大きくはなく、前記被控訴人労住協の蒙る損害よりも大であるとは認め難い。よって右の点に関する控訴人らの主張も失当である。

(四)  つぎに、控訴人らは、本件建物の建築により、控訴人らがその日照を阻害されて蒙る損害は、金銭賠償によっては償われない程に大であると主張するが、控訴人らが右日照阻害によって蒙る被害の程度は、本件建物の建築を一部差止めなければならない程に、その受忍限度を越える大きなものでないことは、さきに一応認定した通りであって(前記二参照)、本件における全疏明によるも、右日照阻害の程度が金銭賠償によっては償われない程に大であるとは認め難いから、右控訴人らの主張も失当である。

(五)  さらに、控訴人らは、本件土地付近は、都市計画法で指定されたいわゆる住宅地域であるから、本件建物の如き高層の建物の建築は不適当であるとし、これを一理由にして本件仮処分は認容さるべきであると主張しているところ、本件土地及びその付近の地域がもと都市計画法により指定された商業地域であったが、その後住宅地域に指定変更になったことは当事者間に争いがない。しかしながら、≪証拠省略≫によれば、本件土地付近は、昭和四八年一二月一一日付で従前の商業地域から住宅地域に指定変更になったのであるが、それから五年後に行なわれる予定の手なおしの際には、再び商業地域に指定変更になる可能性もあること、また、本件土地付近を走る国鉄予讃線が近い将来一部高架にされる予定になっており、そうなった場合には沿線の商家等を収容するためにも、本件土地付近の建物はある程度高層化せざるを得ないような状況にあることなどが一応認められ、これらの事実に、さきに一応認定した本件土地付近の状況(原判決理由三の(一)の1に記載の状況)等を勘案すれば、本件土地及びその付近の地域が住宅地域に指定変更になったからといって、本件建物の如き高層の建物の建築を認めることが直ちに不適当であるともいい難い。よって、本件土地及びその付近が住宅地域であって、高層の建物の建築を認めることが不適当であるとの事実等を前提にした控訴人らの右主張も失当である。

三  よって、控訴人らの本件仮処分申請を却下した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条によりこれを棄却し、控訴費用につき同法九五条八九条九三条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 秋山正雄 裁判官 後藤勇 磯部有宏)

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